網膜芽細胞腫はどんな病気?
網膜芽細胞腫は、小児の眼球の中にある網膜から生じる悪性腫瘍です。何もしないと全身に広がって死に至ります。適切な治療を行うことで、95%は生命の危機を回避できます。
眼の構造
眼球は、2cmくらいの球体で、前面は角膜という透明な構造、それ以外は強膜という白い繊維の膜で包まれています。黒目、白目という場合、黒目は角膜のことで、白目は強膜の表面を結膜が覆っている部分をさします。結膜は薄く半透明なので、強膜の白さが透けて見えています。
黒目には、光の絞りを行う虹彩があり、日本人は茶色、白人は灰白色をしています。「青いひとみ」は虹彩の色を反映しています。
虹彩の真ん中にある孔が「瞳孔」です。
瞳孔の後ろに水晶体があり、ピントの調節を行っています。
虹彩の後ろに毛様体があります。水晶体は毛様体から糸のようなもの(チン氏帯)でハンモックのようにつられた状態で、毛様体が収縮することによりレンズの度数を変え、遠くや近くにピントを合わせています。
眼球の中は、ゼリーのような構造である硝子体が満たしています。
眼球の後ろ2/3くらいの内面を裏打ちするように網膜が広がっています。網膜は神経の薄い膜で、光のセンサーの役割です。網膜に入った情報を、視神経を通して脳へ伝え、「見えている」と認識しています。
網膜と強膜の間に色素や血管の多い脈絡膜が広がっていて、前方は虹彩につながります。

両眼に生じることがあるの?
片眼に生じることが多いですが、両眼に発症することもあります。片眼発症と両眼発症は2:1くらいの割合です1)。両眼に生じた場合、これは片方から転移したのではなく、多発、すなわちそれぞれの眼球の網膜の細胞ががんになっていることを意味します。発見されたときは腫瘍が片眼だけにあっても、その後に他眼に生じることもあるので、定期的な眼底検査が必要です。両眼に発病する理由は、遺伝のページを見てください。
どんな症状で発見されるの?
発見のきっかけになる症状は、白色瞳孔(48.9%)、猫目(17.1%)、斜視(14.8%)などです1)。結膜充血、まぶたの腫れ、(緑内障による)嘔吐で発見されることもあります。また、他の病気を疑ってMRI等の検査を行ったときに偶然発見されることや、血縁者に網膜芽細胞腫の方がいて、眼底検査を行って発見されることもあります。
白色といっても、真っ白に見える場合から、黄白色、ぼんやりと白く見えるなど幅があります。
また、暗いところで光が当たると光る状態を猫目(Cat’s eye)とよびますが、眼内に白色のものがあるという意味ではほぼ同じことを現しています。
白色瞳孔
瞳孔が白く見える状態です。本来は、水晶体の混濁である白内障は除外します。水晶体後方に白色のものがあることで、瞳孔が白く見えます。網膜芽細胞腫では、大きな腫瘍がある場合や、高度の網膜剥離がある場合、硝子体播種(腫瘍が崩れて眼内が混濁した状態)などが原因です。網膜芽細胞腫以外でも、コーツ病や網膜剥離などでも白色瞳孔になりますが、いずれも重篤な眼疾患を意味します。

早く発見する方法はないの?
網膜芽細胞腫に限らず、重篤な眼疾患を発見する機会として、乳幼児健診があります。母子保健法では、「1歳6か月健診」と「3歳児健診」が義務付けられていて、自治体によっては「3~6か月健診」「9~11か月健診」なども任意で行われています1)。広く行われているのは3歳児健診の視力検査ですが、検査方法の課題も多く、また網膜芽細胞腫にとって3歳は早期発見にはつながりません。欧米では、乳幼児健診の際に、暗室でペンライトで眼を照らし、反射の左右差を確認するlight reflex textが行われています。国内では、乳幼児健診でも視力(屈折)検査が行われるようになり、状況が改善しています。また、健診に携帯型屈折機器を導入する自治体が増えていて、測定不能の結果で眼科で精査を行い診断される例も増えています。
気になる症状があれば眼科を受診していただき、眼底検査を行うことになります。家族歴がある場合などは、フラッシュを使った写真で常に片眼だけ光ることがないか確認することが発見につながります。また白色瞳孔を検出するアプリも入手可能であり、早期発見につながる可能性があります2)3)。
1) 第2回こども家庭審議会成育医療等分科会 資料より
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/ce28e632-7504-4f83-86e7-7e0706090e3f/5a476375/20231122_councils_shingikai_seiiku_iryou_tWs1V94m_07.pdf
2)CRADLE White Eye Detector (App Store, Google Play)
3) MDEyeCare: www.mdeyecare.com
網膜芽細胞腫はどのように診断するの ?
がんの診断は、がん細胞があるものを「がん」と診断します。病理診断や細胞診などに基づく診断が原則で、物的証拠になります。一方で、病理診断なしで、画像検査などの「状況証拠」に基づく診断を臨床診断と呼んでいます。
網膜芽細胞腫の場合、細胞を採取するために強膜を切開したり、針を刺したりすることで、腫瘍細胞が眼球外に散布され、転移を生じる危険性があるため、通常は臨床診断に基づいて治療方針を決めます。眼球摘出をした場合には病理診断を行うことになります。
臨床診断は、眼底検査を行い、網膜に白色の腫瘍があり、画像検査で腫瘍内に石灰化がある場合、ほぼ確定診断とみなします。両眼に腫瘍がある場合は更に確実です。出血などの混濁で眼底が見えない場合には画像検査を行います。超音波断層検査では腫瘍が描出され、腫瘍内に高反射の石灰化がわかります。MRIを行うと、T2強調画像という、眼内が白く写る画像で暗い灰色の腫瘍が描出され、腫瘍の広がりが良くわかります。最近は被曝の危険性があるため全例に行うことはありませんが、CTを行うと石灰化がよくわかります。
診察したことのある眼科医であれば、眼底を見れば臨床診断は可能です。診断に疑問があればセカンドオピニオンなど、他の医師の診察を受けることもあります。ただ、病気の進行が速いので、診断に時間を費やすより、早く治療を開始することが大切です。
病気の進行度はどのように分類するの ? ステージは?
網膜芽細胞腫と診断した場合、治療方針を決める目安として病期分類や進行度分類を使います。ちなみに、ステージというのは、体としての腫瘍の広がりを現す基準で、網膜芽細胞腫の場合はほとんどステージIで診断されています。
進行度分類はいくつかのものが使われていて、治療の変化とともに変わってきています。がんの分類の共通言語ともいえるのがTNM分類で、これを使うことが原則になっています。ただ、実際の診療の場では、TNM分類の簡易版として、主に眼科で眼球温存治療の目安となる
「眼内網膜芽細胞腫の国際分類(International Classification for intraocular RetinoBlastoma: ICRB)を使いますし、小児科では全身の病気の広がりを現す国際病期分類システム(International Retinoblastoma Staging System: IRSS)を使っています。放射線治療が主流であった2000年頃までは、Reese-Ellsworth分類が使われていました。
進行度分類・病期分類は一つの基準であり、治療と1対1で対応しているわけではありません。細かい分類を覚える必要は全くありませんが、参考に分類の要点をわかるようにしておきます。
TNM分類
TNM分類は、国際対がん連合(Union for International Cancer Control: UICC)版と、米国がん合同委員会(American Joint Committee on Cancer: AJCC)版があります。全く別のものではなく、AJCCがエビデンスに基づいて改訂を行い、UICCはAJCCに基づき国際会議でコンセンサスの得られたものという位置づけです。現在は2017年に改訂された第8版が最新版です。以下に、UICC 第8版から抜粋します。
臨床分類(病理分類は割愛)
T分類
T1 網膜内に限局、網膜剥離がない
T1a 腫瘍が3mm以下で、視神経または中心窩の1.5mm以内に腫瘍がない
T1b いずれかの腫瘍が3mm以上、もしくは視神経又は中心窩の1.5mm以内に腫瘍がある
T2 硝子体播種または網膜下播種または網膜剥離を伴う
T2a 腫瘍から5mmをこえる網膜下液がある
T2b 硝子体播種 もしくは 網膜下播種あり
T3 重篤な眼内腫瘍
T3a 眼球萎縮、眼球萎縮前状態
T3b 脈絡膜、虹彩毛様体、前房などへの浸潤
T3c 新生血管もしくは牛眼を伴う眼圧上昇
T3d 前房出血、多量の硝子体出血
T3e 無菌性眼窩蜂巣炎
T4 眼球外浸潤
T4a 視神経または眼窩組織への浸潤
T4b 眼球突出 眼窩内腫瘤
N分類
N0 転移なし
N1 領域リンパ節転移あり
M分類
M0 転移なし
M1 転移あり
M1a 中枢神経以外の転移
M1b 中枢神経への転移
臨床病期(ステージ)
Ⅰ期 T1,T2,T3 N0 M0
Ⅱ期 T4a N0 M0
Ⅲ期 T4b N0 M0
Tに関係なく N1 M0
Ⅳ期 Tに関係なく Nに関係なく M1
Reese-Ellsworth分類
Ia 赤道より後方、4乳頭径以下の単一腫瘍
Ib 赤道より後方、4乳頭径以下の多発腫瘍
IIa 赤道より後方、4~10乳頭径の単一腫瘍
IIb 赤道より後方、4~10乳頭径の多発腫瘍
IIIa 赤道より前方の腫瘍
IIIb 10乳頭径以上の単一腫瘍
IVa 10乳頭径以上の多発腫瘍
IVb 鋸状縁に達する腫瘍
Va 網膜の1/2以上の腫瘍
Vb 硝子体播種あり
国際病期分類システム
(International Retinoblastoma Staging System: IRSS)
ステージ0:眼球摘出が行われておらず、病変の播種はない
ステージI:眼球摘出が行われ、組織学的に完全切除されている
ステージII:眼球摘出が行われ、顕微鏡的残存を認める
ステージIII:局所進展を認める
a 明らかな眼窩病変
b 領域リンパ節転移
ステージIV:転移病変あり
a 血行性転移(中枢神経系以外)
b 中枢神経系進展
眼内網膜芽細胞腫の国際分類
(International Classification for intraocular RetinoBlastoma: ICRB)
グループA:中心窩及び視神経乳頭から離れた小さな網膜内の腫瘍
グループB:網膜に限局するA以外の孤立した腫瘍
グループC:限局性腫瘍とともに、網膜下播種または硝子体播種がわずかにある
グループD:明らかな硝子体播種や網膜下播種を認めるびまん性腫瘍
グループE:合併症眼(水晶体に接する腫瘍、硝子体前面より前に浸潤、びまん性浸潤型、血管新生緑内障、眼内の多量の出血、無菌性蜂窩織炎、眼球癆)