網膜芽細胞腫の原因は?
網膜芽細胞腫の原因は、13番染色体にある、RB1遺伝子の変化が原因と考えられています。(片眼性の1~3%は、MYCN遺伝子の増幅という別の原因が指摘されていますが、ここでは割愛します。)
RB1遺伝子から作られるRB1蛋白は、細胞増殖を制御するブレーキのような働きを持っています。RB1遺伝子の変化で正常なRB1蛋白が作られなくなると、細胞増殖が勝手に進むことになり、そこにいろいろな遺伝子の変化が蓄積して、最終的にがんになると考えられています。
遺伝子の変化のきっかけはわかりません。遺伝子は常に変化していますが、いろいろな修復機能が働いて修復しています。修復しきれなかったものが遺伝子の変化として細胞に残り、病気の原因になっていると考えられます。
遺伝性網膜芽細胞腫というのはどのような 状態のこと?
遺伝性という場合、がん自体が親から子に遺伝するということではなく、がんの原因となる遺伝子の変化が次世代に遺伝することを意味します。がんになりやすい状態が遺伝すると考えるとわかりやすいかもしれません。
「網膜芽細胞腫」のことばには二通りの意味があります。一つは、眼球内に生じる悪性腫瘍そのもののことです。もう一つが遺伝性網膜芽細胞腫という意味合いで使われることがあり、RB1遺伝子に関連した種々の課題を生じる遺伝性腫瘍症候群を意味します。両方が同じ「網膜芽細胞腫」と呼ばれるため、混乱を生じます。他の遺伝性腫瘍症候群の場合、例えば遺伝性乳癌卵巣癌症候群では、発症しやすい悪性腫瘍は乳癌や卵巣癌ですが、症候群の名前と異なるため、「発症している腫瘍」と「遺伝性の症候群」の意味合いの使い分けが容易です。
遺伝性網膜芽細胞腫は、体のすべての細胞にRB1遺伝子の変化を一つ持っている状態です。細胞には2つのRB1遺伝子があって、一つが変化しても細胞の機能は正常ですが、両方に変化が生じると細胞増殖のブレーキがきかない状態になり、細胞は勝手に増殖、すなわち発癌することになります(図1)。
図1 RB1遺伝子の変化と発がん


生まれつきの体の細胞にRB1遺伝子の変化がない場合(図1の「遺伝子の変化なし」の状態、図2)、一つの細胞で2段階の遺伝子変化が生じて初めてがんになります。複数の細胞でそれぞれ2段階の変化を生じることは確率的に非常に低いため、通常は網膜の腫瘍は1つだけで、片眼性です。1つの細胞で2段階の変化を生じないと腫瘍ができないので、時間を要し、腫瘍の発生時期が遅く、平均21カ月で発見されています。網膜以外の体の部分、すなわち精子や卵子(生殖細胞)の基となる細胞には遺伝子の変化がないので、子に遺伝しません。生まれつきの遺伝子には変化がなく、腫瘍が発生する過程で生じる遺伝子の変化を体細胞変異(somatic mutation)とよびます。
図2:体細胞変異(somatic mutation)
生まれながらに体のすべての細胞の一方にRB1遺伝子の変化(生殖細胞系列変異(germline mutation))が備わっていることもあります(図3)。すでに、遺伝子に一段階目の変化が生じているので(図1の「一方の遺伝子座が変化」の状態)、残ったRB1遺伝子に変化を生じるとがんになります。確率的に複数の細胞で生じやすいので、両眼性、多発になることが多いですが、一部は片眼性・単発や、遺伝子の変化があっても発病しないこともあり、注意が必要です。一段階の変化で腫瘍になるので、出生早期に発病・発見されることになり、平均8か月で診断されています。生殖細胞(精子や卵子)の基となる細胞に含まれる2つのRB1遺伝子の一方にも遺伝子の変化があます。生殖細胞(精子や卵子)を作るときには遺伝子は1つずつ分配されるので(子どもは、親の遺伝子を半分ずつ引き継ぐ)、1/2の確率で子に引き継がれる、すなわち遺伝することがあります。網膜以外でも体の細胞で2段階目の変化を生じると、その細胞が悪性化します。これを二次がんと呼んでいますが、肉腫という種類が多いのが特徴です。
図3 生殖細胞系列変異

遺伝子の検査はできるの?その目的は?
RB1遺伝子の変化を調べる検査は、検査会社で実施できます。眼腫瘍としての網膜芽細胞腫を経験した方は、保険診療として検査を受けることができます。
最近、がんゲノム医療として、がんの遺伝子検査が行われていますが、これは腫瘍細胞の遺伝子の変化を検査することで、正しい診断や、治療する薬物の選択につなげることが目的です。網膜芽細胞腫の場合、RB1遺伝子の変化の状態と腫瘍細胞の悪性度や治療の効果の間に関連はないと考えられていて、腫瘍細胞の遺伝子検査を行う意義は限定的です。
網膜芽細胞腫を持っている方で実際に行うのは、腫瘍ではない体の細胞にRB1遺伝子の変化あるかどうかを検査していて、遺伝性の有無を見るための検査で、これを「遺伝学的検査」とよんでいます。
検査の目的は、発病している方と発病していない方で異なります。
・発病している方の場合、網膜芽細胞腫になりやすい体質(遺伝性の体質)が原因で発症しているかどうかを調べることが目的になります。遺伝性ということが分かった場合は、眼以外に、二次がんの発症にも注意します。
・発病していない方の場合、遺伝子の検査で患者(親やきょうだい)と同じRB1遺伝子の変化があればほぼ発病する、RB1遺伝子の変化がなければ遺伝していない、すなわち発病しないということを知ることにあります。ただ、その家系内でどのような遺伝子変化を調べればよいのかわからないと適切に評価できないので、発病していない方の遺伝子を調べる前に、発病している方の遺伝子を検査する必要があります。
遺伝学的検査を行うべき?
発病している方の場合、両眼性であれば遺伝性であることは確定です(例外として遺伝学的モザイクがありますが、ここでは割愛します)。本人にとってのメリットはなく、子やきょうだいなど血縁者の発病可能性を知ることが検査の目的になります。
片眼だけに発病している方の場合、遺伝子の検査は本人にとってメリットがあります。血液の細胞からRB1遺伝子の変化が検出されれば遺伝性であることが確定であり、
1) 他眼に発症する可能性を考えて、慎重に他眼の眼底検査を行い、早期発見をめざす
2) 二次がんの可能性が高く、サーベイランスを検討する
3) 放射線感受性が高いので、できるだけ放射線治療を避ける
などの早期介入が可能になります。遺伝子の検査で変化が検出されなかった場合は、本当に遺伝子の変化のない場合と、偽陰性といって遺伝子の変化があっても検出できない場合の可能性があます。この場合は血縁者の遺伝子の検査はできないことになります。
遺伝学的検査はいつするのが良い?
遺伝子の検査は、原則として本人が希望する場合に行います。網膜芽細胞腫を経験した方が自分の子への遺伝を知りたい場合などは、積極的に検査について検討することを勧めます。
網膜芽細胞腫を発病している方が小児の場合でも、遺伝学的検査を考えることがあります。
・発病した子(小児)のきょうだいの遺伝を知りたい場合、本人が遺伝子の検査を希望しているわけではありません。親権者が、きょうだいの検査のために本人の検査を行うことについて考えることとなります。
・発病した子(小児)にきょうだいがいない状態など、血縁者の検査の必要性がない場合、本人が急いで遺伝子の検査をする意義は、本人が両眼性発症か、片眼性発症かによっても異なります。発病している方が成人になって、自分の意志で検査を受けることでよいかもしれません。
上でも述べましたが、腫瘍が片眼性の場合、遺伝子の検査を行うことで他眼の早期発見や放射線を回避するなど治療選択にも影響することがあり、親の代諾で小児期に行うことは一定のメリットがあると考えられます。小児期に遺伝子の検査をした場合、本人はその時点では結果について理解できないこともあります。本人が成長した際には、遺伝子の検査を行ったことや、その結果について伝えていくことも大切です。
遺伝子の検査は採血(血液中の細胞)で行います。検査結果が得られるまでには1か月ほど必要です。そのため、新たに生まれてくる子への遺伝の影響を知りたい場合、出産直前ではなく前もって検査を行っておくことが大切です。
遺伝子の検査の前には、遺伝のことに詳しい医療者から、検査の利点・留意点について話を聞くことができます。
着床前検査は可能なのか?
着床前診断は、体外受精を前提とした検査で、受精卵の遺伝子の状態を調べて、目的とする遺伝子の変化のない受精卵を子宮に戻して出産にいたる方法です。網膜芽細胞腫の場合、単一遺伝子であるRB1遺伝子を検査するので、PGT-M (pre-implantation genetic testing for monogenic disorder[monogenic disorder: 単一遺伝子疾患])というものを行うことになります。現在、日本産科婦人科学会の見解・細則に基づいて検討されていて、1例ごとに倫理審査を受けて実施するかどうかを決めています。2024年には、網膜芽細胞腫の1例が承認されたことが報道されました。