【治療総論】
治療方針はどのように決めるの?
網膜芽細胞腫は悪性腫瘍で、治療しないと命を失います。治療の第一の目標は「生命」であり、生命の危険を増やさない範囲で「眼球温存」を目指します。視機能はあくまで結果の一つですが、可能であれば「視機能」を残すことも目標です。
治療方針を決める場合、腫瘍の広がり方、眼の合併症の有無、全身状態(合併疾患の有無)、他眼の状態、治療の負担及び合併症、期待される視機能などを考慮して判断します。これに加え、医療以外の問題として、親としての価値観や考え方、家族の支援体制、医療費以外の経済的負担も考慮する必要があります。
先進国では、ほとんどの腫瘍は眼球の中にとどまった段階で発見されているので、95%以上は生命の危険を回避できます。この理由としては以下のようなものがあります。
1) 体としては早期発見
こどもの眼球は2cmくらいで、この中に腫瘍が充満していたとしても体から見ると早期に発見されていることになります。
おなかの中に2cmの腫瘍があってもまず発見できません。
2) 転移しにくい条件が多い
眼球の壁は強膜という繊維の膜であり、眼球外に広がりにくい
網膜の血管は、脳と同じしっかりした構造で、腫瘍の細胞が入り込みにくい
網膜の色素上皮の層が、転移しやすい血管構造をもつ脈絡膜へひろがらないためのバリアになる
眼球の中にはリンパ組織がないのでリンパ節転移を生じにくい
一方で、いったん眼球の壁を越えて広がった場合や血管に入り込んだ場合には転移の危険性が格段に増えます。そのため、腫瘍が眼球の中にとどまっているのか、転移を生じやすい条件がないか、という点が治療方針を決めるための大きな基準になります。
腫瘍が眼球内にとどまっているかどうかの判断は、眼球摘出をしないと確実にはわかりません。MRIなどの画像検査で眼球の外にひろがていなさそうでも、眼球摘出後の病理検査で眼球外に広がっていることがあります。国際分類のD群の17%、E群の24%で、転移を生じる危険因子があったと報告されています。眼球摘出をしないということは、転移の可能性を正しく判断できず、転移の危険性が増える可能性があるということを考える必要があります。
腫瘍が眼球内にとどまっていると思 われるときの治療選択は?
国際分類のA~C群で、視神経乳頭から離れている腫瘍の場合、転移の危険性はほぼゼロと考えられます。一方で、D~E群や、腫瘍が視神経乳頭を覆うような場合は眼球外へ広がる危険性が一定の確率であることになります。
最も安全な治療法は眼球摘出であり、強膜で包まれた状態で腫瘍が散布されないように体の外に取り出す手術になります。ただ、両眼に腫瘍がある場合、少しでも視力を温存するためには、両眼とも摘出することは避けたい選択肢です。
片眼だけの腫瘍の場合、眼球摘出で治癒が望めるため、眼球摘出が第一選択です。ただ、ある程度視力を残せそうな場合は眼球温存を指すことがあります。また、腫瘍が大きく視力を期待できない場合であっても、眼球の残ることに非常に大きな価値があると判断すれば、温存治療を行うことがあります。主治医、保護者の考え方、温存の可能性、治療合併症を考慮して判断することが重要です。
両眼に腫瘍がある場合は、片眼の時に比べ温存治療を行う場合が増えます。両眼とも国際分類E群の場合などは、両眼同時の眼球摘出を行うことがあります。逆に両眼ともA~B群の場合は両眼とも温存を目指します。多くの場合はいずれかの眼球はD群以上の進行期であり、進行眼を摘出して他眼の温存を目指すのか、両眼とも温存を目指すのか、これも主治医と保護者の相談になります。
眼内網膜芽細胞腫の国際分類
(International Classification for intraocular RetinoBlastoma: ICRB)
グループA:中心窩及び視神経乳頭から離れた小さな網膜内の腫瘍
グループB:網膜に限局するA以外の孤立した腫瘍
グループC:限局性腫瘍とともに、網膜下播種または硝子体播種がわずかにある
グループD:明らかな硝子体播種や網膜下播種を認めるびまん性腫瘍
グループE:合併症眼(水晶体に接する腫瘍、硝子体前面より前に浸潤、びまん性浸潤型、血管新生緑内障、眼内の多量の出血、無菌性蜂窩織炎、眼球癆)
腫瘍が眼球外に広がっ ている(疑われる)場合の治療選択は?
眼球については、眼球摘出を行うしかありません。周囲の組織も含めて広く摘出する手術(眼窩内容除去)を行うこともあります。理想的には、切除の断面に腫瘍が露出しないように摘出を行います。眼球摘出を先行することが多いですが、最初に抗がん剤治療を行った後に眼球摘出などの手術を行うことで、腫瘍の全摘出ができるようにすることもあります(術前化学療法)。
遠隔転移や、視神経を通して頭蓋内に広がっている場合には、強い化学療法、放射線治療などを組み合わせた治療(集学的治療)を行い、救命を目指して治療します。
遠隔転移がなくても、眼球の壁を越えて腫瘍が広がった場合は、手術で広く摘出しても腫瘍細胞が残っていることが多く、再発や転移を減らすための化学療法や放射線治療を追加します。
【治療方法各論】
◎眼球摘出
眼球摘出はどのような手術?
全身麻酔で行い、1時間以内に終わります。眼球と視神経の一部を含めて取り出し、表面は結膜を縫合し、結膜で覆われたスペース(義眼床)を作ります。手術の時に、傷を安定させるために仮の義眼を入れておくことがあります。
手術後2~4週間して、結膜の傷が治ったら、義眼を入れ始めます。義眼の調整は義眼師の協力で行います。
眼球摘出したスペースに、容積を補うためのものを入れることがあり、義眼台といいます。義眼台の表面は結膜(及び結膜下組織)で覆われた状態です。義眼台があると、眼部の陥凹が生じにくくなること、義眼が薄く軽いため下眼瞼下垂を生じにくいこと、義眼床が動くため義眼も(ある程度)動くことなどのメリットがあります。一方で、人工物を入れることで炎症や感染を生じる危険性、露出や位置のずれを生じる可能性、成長すると相対的に小さくなり陥凹すること、などのデメリットもあります。人工物を使わずに自分の骨や軟骨などを埋め込むこともあります。海外では原則として義眼台を入れますが、日本では2025年5月時点で法律で承認されている義眼台がないため、保険診療の中で入れることは原則としてできません。
眼球摘出は、腫瘍が眼球の壁(強膜)に包まれた状態で摘出するため、最も安全な方法です。摘出後は義眼を使うことになります。
眼球摘出 したら治療は終わりなの?
摘出した眼球は病理検査を行います。病理検査というのは、どのような細胞があるのか、腫瘍がどのくらい広がっているのかを顕微鏡で確認する検査です。網膜芽細胞腫の場合、腫瘍の広がりによって、転移や再発の危険性が異なります。
腫瘍が網膜と硝子体だけにあった場合、転移再発はほぼ生じないため、手術だけで治療は終了で、抗がん剤治療は不要です。
腫瘍が視神経の切除断端まで広がっていた場合と、強膜を超えて眼球の外まで広がっていた時には、腫瘍が取り切れていないため、無治療では必ず再発や転移を生じます。再発を予防するために、抗がん剤治療や放射線治療は必須です。
切除断面に腫瘍が顔を出していなくても、転移をする可能性のある条件があります。一般的には、断端陰性でも視神経に浸潤のあった場合、脈絡膜や虹彩など血管の多い構造に浸潤していた場合、強膜へ浸潤していた場合などです。必ず再発や転移を生じるわけではありませんが、予防治療を行うことで再発の可能性を減らせるため、抗がん剤治療を行うことが多いです。ただ、この条件はまだはっきり決まっていないため、世界中の医師が協力して研究しています。また、抗がん剤の種類も施設によって異なっているのが現状です。
◎眼球温存治療
小線源治療(アイソトープ治療)はどのような治療?
腫瘍が一定の範囲にとどまっている場合に行う治療です。結膜を切開し、強膜の表面に小線源(放射線を出すアイソトープの板)を一定時間縫い付けて、その周囲だけに大量の放射線を照射します。国内ではルテニウムというアイソトープを銀で包んである金属板を使います。眼球の反対側は銀が厚いため放射線はほとんど出てきません。眼球側は薄くコーティングされているため、β線という放射線を出しますが、距離が離れると放射線が弱くなり、眼球の反対の壁には数十分の1しか放射線がとどかないため、ほぼ局所だけの放射線治療といえます。骨を含めた周りの組織はほとんど被曝しないため、骨の変形や、二次がんの増加はないと考えられています。
体の被曝はほぼ無視できるので、全身の放射線障害は生じません。ただ、日本は放射線に関する規制があり、治療中は放射線治療用の病室で過ごす必要があります。保護者の方が同室で過ごすことによって受ける放射線被ばくは、自然に浴びている放射線とおなじくらいのレベルで心配するものではありませんが、ゼロではないので、妊娠されている方は避けていただいています。
問題点は、縫い付けるときと取り去るときの2回全身麻酔が必要なこと、目を動かす筋肉を一時的に切り離すことが多く眼の向きがずれることがあること、部分的ですが放射線網膜症を生じることがあること、などです。
放射線網膜症
網膜は神経の細胞で、放射線には強く障害を受けにくいですが、網膜の血管は放射線の影響を受けやすいことが問題です。放射線によって細い血管が傷ついて、血流が悪くなり、網膜の循環不全を生じて、出血や浮腫を生じます。また、「酸欠状態」になると網膜の細胞から血管を増やす物質が出てきますが、正常な血管ができないため出血を繰り返したり、網膜の表面に血管の膜を作り、網膜を引っ張って牽引性網膜剥離を生じてきます。これらの状態を放射線網膜症と呼んでいます。血管増殖因子を抑える薬を眼球の中に注射したり、レーザーや手術治療を行うことがあります。

眼球温存のための全身化学療法は?
小児がんを専門としている施設で行います。担当するのは小児科の医師ですが、施設によって小児腫瘍科、小児血液・腫瘍内科という名称もあります。末梢(手足)の血管から点滴すると炎症を起こすため、中心静脈カテーテルという太い血管にカテーテルを入れて行うのが一般的です。
治療は、3種類の抗がん剤(ビンクリスチン、エトポシド、カルボプラチン)を使うのが一般的で、これを3~4週間ごとに繰り返します。6回行うのが一般的ですが、回数を減らして眼の治療を行うことがあります。また新生児の場合は薬の種類や量を減らして行います。治療の目的は、局所治療が可能な程度まで腫瘍を縮小することです。そのため海外ではchemoreductionという言葉を使うことがあります。
抗がん剤の副作用は、直後は嘔気・嘔吐、1~2週間で骨髄抑制(白血球が減って感染を起こしやすくなる)や脱毛、長期的には心臓や腎臓などの臓器障害、内分泌機能の異常、二次がんなどがありますが、他の腫瘍に対する化学療法に比べると副作用は強くありません。
選択的眼動 脈注入(眼動注)はどのような治療?
カテーテルを使って、眼動脈(眼球に血液を送る血管)に抗がん剤を注入する治療です。35年以上前に日本ではじめた治療で、現在は世界の多くの国で行われています。投与する抗がん剤の量が少ないので、骨髄抑制などの全身の副作用を避けることができます。治療手技、薬剤の保険適応外使用などの課題があり、2025年の時点で国内では国立がん研究センターだけで行われています。
鼡径部(足の付け根)の動脈にカテーテルを入れ、眼球を栄養している眼動脈に抗がん剤を投与する治療です。メルファランという薬剤を保険適応外使用しています。全身麻酔で行い、治療自体は30~60分で終わります。カテーテルは終わったときに抜いてしまいます。治療を繰り返す場合はその都度穿刺します。通常は3回程度繰り返して行います。
合併症として、鼡径部からの出血、脳血管障害、気管支攣縮、眼窩炎症などがあります。薬の量が少ないため、眼動注によって骨髄抑制は生じないため、術後の定期的な血液検査は不要です。

硝子体注入はどのような治療?
硝子体注射は、眼球に針を刺して直接抗がん剤を注射する治療法です。黄斑変性など腫瘍ではない眼球の病気に対して一般的に行われている方法です。網膜芽細胞腫の場合、腫瘍が硝子体播種(腫瘍が崩れて硝子体内に浮遊している状態)を生じると、硝子体には血管がないので抗がん剤が十分に届きません。硝子体注射を行うことで十分な量の薬剤を届けることができ、浮遊細胞を治療できることになります。網膜の腫瘍を治療できるほどの効果はありません。メルファランという薬剤を保険適応外使用しています。
眼球の中に注射し、血管には入らないため、全身の合併症は生じません。出血、感染、腫瘍細胞の眼外撒布の危険性があります。

◎放射線治療関連
網膜芽細胞腫に放射線 治療は禁忌なの?
放射線外照射は、外部から眼球に放射線を当てる治療です。1990年代まではX線を使った治療が眼球温存の大きな柱でした。その後は放射線治療の害が認識され、ほとんど行われなくなりました。最近では、陽子線という放射線が一部行われています。
網膜芽細胞腫の腫瘍細胞は、放射線感受性が高いため、治療効果は良好です。問題は、放射線の照射された範囲の正常組織がダメージを受けることです。
目の周りの骨に放射線があたると、骨の成長が悪くなって、眼のあたりのくぼんだようだ顔つき(骨格)になってしまいます。1歳前に放射線治療を受けると特に影響が大きく、以前は「砂時計様の顔貌」といわれていました。形成手術をすることがありますが、放射線治療後は血行が悪く、組織がうまく生着しなかったり、過度に吸収されてしまったりするなどの合併症を生じることが多くなります。
また、放射線の当たった細胞が悪性化することがあり、二次がんとよんでいます。二次がんは生存率を下げることになります。
さらに、放射線治療後に眼球摘出をすると、周囲の組織が固くなったり(線維化)、脂肪が吸収してしまい、陥凹が目立つようになります。
これらの放射線の害が認識されたため、放射線治療はできれば避けるべき治療ということになっています。また、行う場合には放射線の照射範囲を狭くして、ダメージを受ける範囲を狭くすることで、二次がんの発生を減らすことが期待されます。X線は体を通り抜けていくため広い範囲に照射されますが、陽子線は一定の深さで止まるため、特に骨の照射を避けることができることが利点であり、現在行う場合はX線ではなく陽子線を選択することが勧められます。
陽子線治療 は「夢の治療」なの?
陽子線はX線に比べ種々の利点がありますが、あくまで放射線治療の一つであり、同じような合併症は生じます。照射範囲によりますが、涙腺のダメージによるドライアイ、網膜のダメージによる放射線網膜症(出血や浮腫など)、視神経のダメージによる視神経症、水晶体のダメージによる白内障などがあります。
また、網膜芽細胞腫は放射線治療が効きやすい腫瘍ですが、確実に治せるわけではありません。X線治療が主体であった頃も、半分程度の眼球しか温存できていませんでした。現在、初回に陽子線治療を行うことはなく、種々の治療後の残存腫瘍に対して陽子線を行っていますが、眼球温存が達成できているのは60%程度にとどまります。眼球温存の可能性を広げる治療ですが、「夢の治療」とは言えません。
重粒子線治療(炭素イオン線治療)は使えるの?
放射線には電磁波と粒子線があると説明しました。粒子線の中に、種類として、陽子線、ヘリウムイオン線、炭素イ オン線、酸素イオン線などが医療に使われています。国内では陽子線と炭素イオン線が使われていて、炭素イオン線が重い粒子なので重粒子線治療と呼ばれています。
理論的には、炭素イオン線の方が陽子より放射線治療の範囲を狭め、治療効果をあげることができます。ただ、体の動きなどがあると不正確になるため、子供の場合は鎮静が必要になります。
鎮静は、点滴で深く眠った状態にすることです。薬が多いと呼吸が止まってしまうため、治療中は小児科の先生がつきっきりで対応する必要があります。炭素イオン線施設で小児鎮静のできる施設がないため、現状は治療に使うことができません。
◎化学療法
眼窩内に腫瘤ができてしまった場合の治療は?
最初から眼球の壁を越えて眼窩内に腫瘤を作っている場合、眼球壁というバリアがなく、塊をすべて摘出したとしても再発や転移が必発です。また、眼球摘出後に眼窩内に再発した場合も同様です。
このような場合に、塊をすべて取り去るために眼窩内容除去という、骨を残して全て切除する手術を行うか、放射線と化学療法を併用して治療するかの選択になります。
眼窩内容除去をすると、まぶたも切除してしまい、外見的に大きな損失になります。傷を閉じるために腹部や足から皮膚や筋肉を持ってきて覆う手術が必要になります。かなりの負担になる手術ですが、そこまでの手術をしても再発が避けられず、化学療法や放射線を追加する必要があります。
大きな手術をしても化学療法や放射線が必要であれば、手術をして外見の問題を生じるより、最初から化学療法や放射線を行うという考え方もあります。全例ではありませんが、眼瞼を残して治すことが可能になっています。
この場合に使い抗がん剤は、眼球を残す場合より強いものを行うことが多く、骨髄抑制などの副作用も強く生じます。コンセンサスの得られたものがなく、施設ごとに治療方針を決めています。放射線を使うことで二次がんのリスクは上がりますが、現在ある腫瘍を治癒させるためには併用することが多いのが現状です。